学術書Ⅱ・報い「この世はひとつの舞台」
記録:ジェーン・ロメロ
記憶5823
ジェーンは求職中だ。仕事はある。地元の食堂でウエイトレスをしている。だが他の種類の仕事が必要だ。役割。演じる役。何か。正しい道を歩んでいると実感させてくれる何か。演劇は愚か者のすることだ!成功するものは一億人に一人もないだろう。父親は言う。祖父は同意するが、ついでに一言加える…夢を追う勇気がある者は、99%の確率でその億に一になれる。勇気を持て。勇気は運をこちらに引き寄せてくれる。ジェーンは祖父を愛している。祖父に誇り思って欲しい。彼が正しいことを示したい。億に一になってやる。
記憶5824
メキシコ人ウェイトレスは、メキシコ語と、メキシコ訛りのある英語で喋る。誰がこんな台本を書いた?メキシコ語なんて言語はない。それはどうでもいい。言いたいことはわかっただろう。彼女の顔は苛つきで火照る。訛りなんて必要ない。どうして?どうして訛り?なぜただのウェイトレスではダメなのか?英語を喋るウェイトレス。どうしてこの台本ではウェイトレスがメキシコ人でないといけないのか?どうしてこれがシーンに重要なのか?ジェーンは監督を見つめ、彼の意図を理解しようとする。趣を与えるためだってどういう意味?趣を与えるなんて思えない。固定概念を増長するだけ。だが…ジェーンは何も言わない。何も言わないのは、社会正義の戦士としてブラックリストに載りたくないからだ。少数派不満分子なんて言われたくない。スペイン語訛りを少し混ぜて、彼女はオーディションを終える。
記憶5825
ジェーンは友人のドゥエインとビールを分かち合う。ドゥエインはジェーンに、なぜエグゼクティブクリエイターにひどい台本の共著者として雇われたのかを話す。彼の呆れた考えの代弁者として雇われたのだ。彼のアフリカ系アメリカ人の歴史に対する無神経な文化的認識を正当化するために。このエグゼクティブクリエイターはマイノリティ映画を撮りたいと思っている。流行っているから。認められるのに手っ取り早いから。ヘボライターのためのお手軽出世街道。たくさんのライターがこのヘボに、あらゆる面で彼の台本が間違っていると指摘した。構成が悪い。侮辱的。退屈。無神経。ドゥエインは、伝統文化に対して無理解な台本を否定した。このクリエイターが文化の盗用で非難されるのを避けられないように、彼の名前をプロジェクトに加えることを拒否した。マイノリティの物語の「栄えある」解釈を正当と認めるのを拒否した。クリエイターはドゥエインを社会正義の戦士と呼んで名誉を傷つけた。そして解雇した。ジェーンは友人のために悲しげにため息をつく。少なくともその台本は映画化されない。ドゥエインはちらりと疑惑の眼差しをやる。このへぼには金持ちの友達がいる。大金持ちだ。彼はまた台本を書く。監督する。そして制作する。有力筋の友達がいるヘボは何でもできる。こうしてひどい映画が作られていく。彼らはひどい映画で乾杯する。ジェーンは笑う。面白いからではない。それが事実だからだ。
記憶5826
働かなくなってから何ヶ月も経つ。電話もない。オーディションもない。何もない。ジェーンは空っぽのテレビ画面を見つめる。子供の頃は自分がテレビに出るのをよく想像していた。だが今は全く想像できない。何かがおかしい。自分が成功する未来がもう見えない。機会があればいいのに。ただ一度だけの機会。億に一になるための、一度の機会。だが彼女向けの台本はほとんどない。固定概念が邪魔している。エージェントは気にしないでいいのに。年齢の範囲に当てはまる、全ての女性役に推薦してくれればいいのに。ジェーンはどんな女性役でもできる。主役でも脇役でも。それなのにオーディションは、セクシーなラテン人だったり、滑稽な移民だったり、訛りのあるウェイトレスだったり。ただの女性…アメリカ人女性だったことはない。女性。アメリカ人。それだけなのに。ジェーンは真っ白なテレビを見つめる。番組のスターである自分を想像しようとしたが、できない。電話が鳴る。エージェント。オーディション。舞台の大役で給料もいい。一瞬、ほんの一瞬だけ、彼女は億に一になった気分になる。
記憶5827
ジェーンの携帯が鳴る。彼女は歩道で立ち尽くす。これが最後なのに、電話に出たいのか出たくないのかわからない。もう落選はできない。この役だけは。この役はとても重要なのだ。ジェーンは携帯を耳に当てる。電話に出る聞き覚えのある声がする。エージェントだ。彼はジェーンにオーディションでどれだけ受けが良かったか伝える。どれだけ皆がジェーンを素晴らしいと思ったか。彼は他のことを話し始める。ジェーンは「でも」を待つ…お馴染みのあれ…どんなにたくさんの賞賛も、たった一つの言葉で全部破壊される…でも…それは来ない。
ジェーンは細々とした連絡を聞き、礼儀正しい落選の知らせを待つ。けれどもかわりに聞こえたのは…受かったよ…ジェーンは自分の耳が信じられなかった…役に受かったよ…ジェーンは独り言を呟く。受かった。信じられなくて顔が麻痺していく。ジェーンは叫ぶ。通りがかりの人がこちらを向く。ごめんなさいね。
記憶5828
ドゥエインはカフェでジェーンのリハーサルの手伝いをする。休憩に入ると、ドゥエインはジェーンに、ヘボライターは今中国の物語を手がけていて、彼の最新の中国嫌悪を正当化させるために、中国人ライターを必死に探していると伝える。ジェーンは笑う。金はあるヘボ。そうやってひどい映画が作られる。ジェーンはドゥエインに、舞台はうまくいっていると言う。訛る必要はない。ミニスカートを履いたり、馬鹿馬鹿しい固定概念を増長する必要はない。昔やらされていた愚かな行為を、今はする必要がない。本物の仕事。意味のある仕事。家族にも伝えられる。彼女は幸運を願いながらテーブルをコンコンと叩く。ドゥエインは笑って、その儀式は効果があるのかい?と聞く。ジェーンは肩をすくめる。ドゥエインはジェーンの成功が嬉しいと言って、雑誌からの切り抜きをジェーンにわたす。「クイック・トーク」の公開オーディション。ドゥエインはジェーンを推しておいたと言う。ジェーンなら完璧な司会ができるだろうと。ジェーンはドゥエインに感謝するが、今は舞台に全力を注いでいる。残念だ。君は僕が知っている中で一番リアルな人間だ。ショーに必要なのはそれなんだ。リアルであること。
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こけら落とし前の最終リハーサルで、滑り込みの台本変更にも関わらず、ジェーンは役を演じきった。ジェーンはアドレナリンと、今までに経験したことのないような大きな流れを感じる。最後の台詞を言い終えると、監督は拍手をする。そしてジェーンに近づく。驚いたと。印象的だったと。感動したと。でも…ジェーンの役はアクセントがあったほうがいいと思うと。何?その要求はジェーンを傷つけた。粉々にした。どうして?理解できない。ウケ狙いだよ。そっちの方が面白いだろ、と。この役にアクセントはいらない。この役はアクセントなしで十分だ。でもコミックリリーフになる。コミックリリーフ?それがこの監督にとっての彼女の価値。プロデューサーたちにとって。この業界ににとって。コミックリリーフ。ジェーンは監督を見つめる。監督が笑い出すのを待つ。監督が冗談だと言うのを待つ。決して言われない謝罪を待つ。ジェーンはため息をつき、先祖の力が血管を巡るのを感じる。裏切ることを許さない力。ジェーンは監督に向かって首を振る。バカなコメディアンでも探して。ジェーンは舞台から怒って降りる。己の道を辿る者は、可能性が億に一だとしても成功するだって?そんなの嘘だ。
【DBD】学術書Ⅱ・報い「支配」
記憶:ハーマン・カーター
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【DBD】学術書Ⅰ・覚醒「発覚」
ストーリー:ログ1513、1672、4902
アーカス1513
アーカス1672
アーカス4902
【DBD】学術書Ⅰ-覚醒「エンティティ」
ストーリー:ログ01、54、142、557、731
アーカス01
まずは、始まりの話をしよう。あれがいつのことで、私がどれくらい投獄されているかは分からない。わかるのは、かつて…強迫観念として…存在したエンティティの精神活動を観察し、研究する羽目になったということだけ。皮肉なものだ。壊してしまいたいと思っていた対象の内側で、余生を過ごさなければならないとはな。かつて強迫観念だったものが、私を捕らえている…。おそらくすべての強迫観念が、そうなのだろうな。
アーカス54
この領域の雰囲気は控えめに言っても暗く、暗澹(あんたん)としている…それでいて、常に変化を続けている。私はすでに気付いたのだが、周囲に霧がかかることがあり、時にはさらに霧が濃さを増す。まるで霧自体が生きているように感じられる。記憶の渦や流れ、言い換えれば多元的な宇宙世界の存在の痕跡を内包しているかのようだ。まるでエンティティは無限の宇宙を漂う道中で超自然的な全てのエネルギーや存在物の思念を吸収しているかのようである。私はオーリスを使ってこの黒い霧を研究し、3つの観察結果にたどり着いた。その結果は、ここから逃げ出す方法を探す過程で計り知れない価値を持つと分かるだろう。まず第一に、この霧はオーリック粒子が豊富であるということ。このことから、私はこの次元が物質的というよりも意識に近いものだと感じている。第二に、霧に存在する亀裂から引き出せるものは何であれ、私の家計に伝わる技術を使い証明できるはずだということ。第三に…エンティティは我々が想像していたよりも、遥かに古代に誕生した存在だということ。そして、我々の理論や憶測のほとんどは間違っているということ。オーリック粒子とオーリックセルの大量の存在が示唆するのは、エンティティは原初の存在のひとつ、古代から存在するということだ。
アーカス142
エンティティは、邪悪を具現化した宇宙的な存在だ。我々は、自分の故郷でエンティティという存在が世界をひっくり返すのを目撃してきた。地域社会の共感や同情という感情を排除し、消滅させ、人々を狂気の淵へと追いやり、突き落とすのを見てきた。私には、エンティティがこうした行動を取る理由が分かった。犠牲者を人生から引き剥がし、永遠に終わらない悪夢のような試練に参加させるのがエンティティの目的なのだ。エンティティ自身の生存のために、試練が必要なのかもしれない。そしておそらく、試練にこそエンティティを破壊するカギが存在している…そもそも、古代から存在する者の破壊が可能であるならばの話だが。試練に終止符を打たなくてはならない。犠牲者から暗黒の蜜を搾り取るという、花から餌をもらう残酷な寄生虫のようなエンティティの能力を消滅させなくてはならない。少なくとも、アーカイブのおかげでエンティティをより深く理解することができる…エンティティが宇宙から宇宙を移動し、犠牲者を選び出し、宇宙をビュッフェ形式に見立てた如く、世界を貪り食う、その理由を理解している。だが、未だに結論づけられないことがある。エンティティが暗闇と狂気で彩られた世界に引き付けられるのか、あるいはエンティティ自体が暗闇と狂気を引き起こしているのか。それはまだ分からない。
アーカス557
全ての存在の次元界とは、意識的なオーリック粒子と物質粒子の独特な混合物である。エンティティは間違いなく、ほぼ純粋な意識と言える…存在するという観察可能な事実は、物質界が意識に反応し、意識とともに変化するということだ…集合意識こそがカギとなる…身体、故郷、試練…その全てがエンティティの無意識のうちの恐れと、恐怖への渇望を表している。エンティティに選ばれた検体をよく観察すると、彼らが皆、自分たちの思想と、自分たちが住んでいる世界との刑上学的な関連性の理解に失敗した世界から来ていることが分かる。これは偶然ではない。私の考えでは、それは自己保存だ。この真実を知り、自分たちの能力を磨き上げて証明した犠牲者たちは、エンティティにとっては害をなす可能性があった。そう考えると、エンティティは暗澹とした世界に惹きつけられるという結論に導かれる。何故なら、暗闇や混沌が存在するということは、そこに住む者が集合意識と自分たちの世界の健全さの間にある別々の事実から結論を導くことに失敗しているということの明確な証左であるからだ。つまり結論として、エンティティは無知を食い物にしているという可能性がある。
アーカス731
いつか終わりが来て、新たな始まりがあるのだろうか。それをいうのは難しい。塔とライブラリが私の戦いに力添えをしてくれる。だが、自分が掴んだこと全てが嘘だと知りつつ、自分の置かれた状況という事実を一瞬でも忘れることは困難だ。私は知りたいことは何でも知ることができるが、いまだに何も知り得ていない。生存者は恐ろしく残虐な殺人鬼との試練を今でも続けている。私は脱出の方法を発見した人々を記憶するために、霧の調査を続ける。時に、この調査は無駄なものに感じられる。だが、その反面…私には十分な時間がある…十分すぎるほどの時間が…
【DBD】学術書Ⅱ・報い「マンチェスター・ミックス」
記憶:デイビット・キング
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【DBD】学術書Ⅰ・覚醒「渇望」
ストーリー:記憶「錬金術師」
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記憶1747
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記憶1749
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学術書Ⅰ-覚醒 クローデットの8歳の誕生日
ストーリー:記憶 クローデット・モレル
記憶 1087
7歳のクローデットは孤独を感じている。恐ろしいほどの孤独。もちろん、両親はクローデットを愛し、娘のための世界を望んでいる。だが、世界はクローデットを望んでいない。少なくとも、クローデット自身はそう信じている。ただ、学校で、仲間と、打ち解けたかった。サッカーのピッチでチームメイトの輪に入りたい。だが、人と打ち解けることは普通に生きるのと同じくらいに難しい。クローデットは自分が変わり者だと自覚している。感じ方が人よりも緩慢としており、鈍感だ。先生の言うことを理解したり、授業についていけるほどの機敏さがない。図書館司書に言わせれば、クローデットは「心ここにあらず」だ。話をするときは、吃音の症状が出る。時には息切れして、声が大きすぎることに気付かないこともある。だが教師のほとんどは、クローデットに決まりの悪い思いをさせている。教師いわく、いつもクローデットはうわの空だ。クローデット、ぼんやりしないで集中して!それでもクローデットは我慢できずに広大な庭を探検し、色とりどりの虫や奇妙な世界に心奪われる。
記憶 1088
クローデットは普通の子供よりも物事を深く感じる傾向がある。例えば、誰からも誕生日パーティーに招待されないという、恥のような感情さえも。誰からも招待されなかった。両親は毎日のように、ランチを誰と食べたのかと聞くが、そのたびにクローデットは「話したくない」と言いたげに目を伏せる。両親は教師にも尋ねるが、「クローデットは1人で遊ぶのが好き」という答えが返ってくる。遊ぶよりも、花や雑草、甲虫や虫に石といった物を集めたり、観察する方を好んだ。時には孤独を好む子供もいる。毎日、両親は友達のことを聞いたが、クローデットは恥ずかしげにうつむく。クローデットにも友達ができたらいいのに。両親はそう願っている。それ以上に両親が望んでいるのは、クローデットの誕生日に来てくれる友達のリストだった。だが、クローデットにはリストに載せる友達がいない。ただの一人さえも。
記憶 1089
クラスの友達が校庭で追いかけっこをしている中、クローデットは甲虫を観察している。クローデットも一緒に遊びたいのだが、誰も近寄ろうとはしない。クローデット自身、そのことは考えたくはない。考えても自分が傷つくだけだ。友達がいないことで、また母親を失望させてしまうかもしれない。そのことが頭をよぎる。母は、ただクローデットに友達ができることを望んでいる。クローデットにとっては、友達つくりは簡単ではない。他の子が簡単に友達同士になっているように、自分にも簡単に友達ができたらいいのに。クローデットは何よりもそう望んでいる。友達がいれば両親を心配させずに済む。クローデットはそう考えていた。友達がいれば、きっと両親は誇りにすら思うだろう。虫や花への情熱は、諦めた方がいいのかもしれない。そうすれば、自分も普通の子供になれるかもしれない。だが、あくなき探究心と収集への情熱は尽きることがなく、常にクローデットと共にある。その情熱が、自分を自分たらしめている。
記憶 1090
クローデットは物を収集するのが趣味だが、皆から変人と呼ばれるのはそれが理由だと自覚している。ありのままの自分が一番素敵だと、父親は言う。父親はダーウィンという名前の人物をクローデットに伝える。ダーウィンも虫や植物を採集し、クローデットと同様に、大きく想像を膨らませていた。ダーウィンはいつも様々なアイデアや理論を考えていたが、ついに途方もない理論を考えついた!クローデットにはダーウィンの説明する理論が分かる。父親は複雑なアイデアを取り上げて、分かりやすく説明する方法を心得ていた。ダーウィン。その名前が気に入ったクローデットは微笑む。青と緑色をしたお気に入りの甲虫を見つめると、その虫に名前を付ける。ダーウィンという名前を…。
記憶 1091
クローデットの母親が泣いている。取り乱している理由は、クローデットが学校で問題を抱えているからだ。クローデットの成績が、今までよりも下がっている。母親は、親としての自分の行動が間違っていると気付いていない。父いわく、クローデットは何も間違っていない。クローデットは他のことは違っているが、それでいいんだと主張する。母親は、クローデットの植物と虫の収集癖やめさせたいと望んでいる。父は、そこがクローデットの一番の美点だと考えており、子供を型通りの人間にする必要はないという。父親はこれまで以上にクローデットを擁護している。父親は言う。この世界で最も価値のある功績は、揺らぐことのない信念を持つ人々から生まれたものだ、と。普通とは違う人々。トルストイ。テスラ。アインシュタイン。シェークスピア。時代遅れの型にはまらなかった人々こそが偉業を成し遂げた。母親にとってはそんなことはどうでもよく、突然、その唇から嗚咽が漏れる。娘が留年するなど耐えられそうにない。
記憶 1092
クローデットは眠いふりをして、寝具に潜り込んで身を隠す。叫び声が聞こえない風を装う。母親は娘には特別支援が必要だと考えているが、父親はクローデットを引き離すことには反対だ。父親は正しい。クローデットは周りの子供に、自分が特別支援を必要としているとは知られたくないと思っている。周りの子供はクローデットを笑うだろう。いつかは状況が良くなる時が来る。きっとそうなると、クローデットは自分に約束する。新しい代行教師のケイヒル先生が、クローデットの力になってくれる。クローデットがいつもうわの空だと言っていた他の教師よりは、ずっと助けになるだろう。クローデットの父は、子供の脳の発達にとって最も害を及ぼすのはストレスだと言う。あるがままの娘でいてほしい!自分の歩幅でゆっくりと歩いてほしい!ストレスは脳を萎縮させ、自信を喪失させて想像力を台無しにしてしまう。ランチタイムにまで勉強をさせたくはないと、父は考えている。人はランチタイムに成長する。試験のプレッシャーや、間違いを犯すという恐れによって妨げられない、本物の成長がそこにある。
記憶 1093
クローデットの成績が上がり、母親は喜んでいる。一人の教師の力によるものだ。たった一人の教師が全てを変えた。ケイヒル先生のおかげだ。他の子供たちはケイヒル先生のことを変人と呼ぶが、先生は変わり者ではない。ケイヒル先生は全てを心得ている。学生時代の勉強での苦労がケイヒル先生の他者への理解を深めているのだ。先生がクローデットを熱心に指導しているのは、これが理由だ。この経験があるからこそ、クローデットを置いていくことなく彼女に授業を理解させられるのだ。
記憶 1094
クローデットは新しい先生が手助けをしてくれて喜んでいる。本当に自分の力となってくれている。毎日、新しいことを吸収している。事実と語彙以上に、クローデットは勉強のやり方自体を学んでいるのだ。むしろ、勉強方法を学んでいることが重要であるとも言える。だが、教師は何か別のことを行っている。クローデットに話しかけている。クローデットが抱える「問題」について話しかけ、その「問題」が本当は神からの祝福なのだと語っている。ある一つのタイプの「頭の良さ」を評価し、他のあらゆるタイプの人間を犠牲にするというシステムで成功する術を身につければ、その「問題」こそが成功の鍵となるのだと語る。間違いを犯したり、リスクを取ることが本物の学習や成長には必要とされる時代なのに、リスクを取ることや間違うことを否定するシステムが存在している。クローデットは情熱の人であり、情熱こそが全てというのはクローデットの先生の言葉だ。
記憶 1095
自分が他の子供とは違っているということも、他の子供のようになる必要もないこともクローデットは分かっている。「型にはまる」とか、「理想の生徒」になるのはクローデットらしくないし、自分らしい方が良い。理想的な型にはまるということは、独特な感覚を持つ人にとっては牢獄のように感じられる。ケイヒル先生がクローデットをその牢獄から解放してくれた。成績は少しずつ上がり、試験の日が近づいてくる。クローデットは覚える必要があることを文章に書き、視覚化し、想像する。その方法がいい結果につながる。最高のタイミングで最高の教師に教われば、全く違った結果が出せる。
両親は非常に誇らしげだ。だが、母親は今でもクローデットに友達ができることを願っている。他の女の子のような趣味を持ってくれることを望んでいる。別の部屋では、両親がクローデットの誕生日に何を用意するか話し合っている。新しい人形を買うというのが、母親の意見だ。父親は、虫や植物やバクテリアに関連する物の方が喜ぶだろうと考えている。その提案に母親が難色を示すものの、父親はクローデットを擁護する。自分の理想を押し付けるんじゃなく、あるがままの娘を受け入れるんだ!
母親が口をつぐみ、突如としてすすり泣き始める。クローデットには、自分が学校でいじめを受けていたような経験をしてほしくない。クローデットが目を見開く。母も人とはどこか違った人だったのだと、生まれて初めて気付く。
記憶 1096
クローデットは明日で8歳になる。興奮して待ちきれない。あと何時間、何分、何秒で8歳になるのだろう…普通の子ならそう思うはずだ。だが、クローデットはそうした感情とは無縁だ。プレゼントを開けるその瞬間を恐れている。プレゼントは毎年変わらない。人形。手芸品。アクセサリー。自分にとっては何の意味もない。きっと今年はクローデットは微笑んで、虫眼鏡や石のコレクション、植物学の本のセットなんて欲しくなかったというふりをするのだろう。母を失望させないために、クローデットは作り笑顔を浮かべる。そうすれば母親を不安にさせることもない。自分の成績を見て嬉しそうにしている母親の姿を見ると、心が落ち着いた。本当に気分が良かった。