気になるものの覚え書き

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学術書Ⅱ・報い「この世はひとつの舞台」

記録:ジェーン・ロメロ

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ジェーンは求職中だ。仕事はある。地元の食堂でウエイトレスをしている。だが他の種類の仕事が必要だ。役割。演じる役。何か。正しい道を歩んでいると実感させてくれる何か。演劇は愚か者のすることだ!成功するものは一億人に一人もないだろう。父親は言う。祖父は同意するが、ついでに一言加える…夢を追う勇気がある者は、99%の確率でその億に一になれる。勇気を持て。勇気は運をこちらに引き寄せてくれる。ジェーンは祖父を愛している。祖父に誇り思って欲しい。彼が正しいことを示したい。億に一になってやる。

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メキシコ人ウェイトレスは、メキシコ語と、メキシコ訛りのある英語で喋る。誰がこんな台本を書いた?メキシコ語なんて言語はない。それはどうでもいい。言いたいことはわかっただろう。彼女の顔は苛つきで火照る。訛りなんて必要ない。どうして?どうして訛り?なぜただのウェイトレスではダメなのか?英語を喋るウェイトレス。どうしてこの台本ではウェイトレスがメキシコ人でないといけないのか?どうしてこれがシーンに重要なのか?ジェーンは監督を見つめ、彼の意図を理解しようとする。趣を与えるためだってどういう意味?趣を与えるなんて思えない。固定概念を増長するだけ。だが…ジェーンは何も言わない。何も言わないのは、社会正義の戦士としてブラックリストに載りたくないからだ。少数派不満分子なんて言われたくない。スペイン語訛りを少し混ぜて、彼女はオーディションを終える。

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ジェーンは友人のドゥエインとビールを分かち合う。ドゥエインはジェーンに、なぜエグゼクティブクリエイターにひどい台本の共著者として雇われたのかを話す。彼の呆れた考えの代弁者として雇われたのだ。彼のアフリカ系アメリカ人の歴史に対する無神経な文化的認識を正当化するために。このエグゼクティブクリエイターはマイノリティ映画を撮りたいと思っている。流行っているから。認められるのに手っ取り早いから。ヘボライターのためのお手軽出世街道。たくさんのライターがこのヘボに、あらゆる面で彼の台本が間違っていると指摘した。構成が悪い。侮辱的。退屈。無神経。ドゥエインは、伝統文化に対して無理解な台本を否定した。このクリエイターが文化の盗用で非難されるのを避けられないように、彼の名前をプロジェクトに加えることを拒否した。マイノリティの物語の「栄えある」解釈を正当と認めるのを拒否した。クリエイターはドゥエインを社会正義の戦士と呼んで名誉を傷つけた。そして解雇した。ジェーンは友人のために悲しげにため息をつく。少なくともその台本は映画化されない。ドゥエインはちらりと疑惑の眼差しをやる。このへぼには金持ちの友達がいる。大金持ちだ。彼はまた台本を書く。監督する。そして制作する。有力筋の友達がいるヘボは何でもできる。こうしてひどい映画が作られていく。彼らはひどい映画で乾杯する。ジェーンは笑う。面白いからではない。それが事実だからだ。

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働かなくなってから何ヶ月も経つ。電話もない。オーディションもない。何もない。ジェーンは空っぽのテレビ画面を見つめる。子供の頃は自分がテレビに出るのをよく想像していた。だが今は全く想像できない。何かがおかしい。自分が成功する未来がもう見えない。機会があればいいのに。ただ一度だけの機会。億に一になるための、一度の機会。だが彼女向けの台本はほとんどない。固定概念が邪魔している。エージェントは気にしないでいいのに。年齢の範囲に当てはまる、全ての女性役に推薦してくれればいいのに。ジェーンはどんな女性役でもできる。主役でも脇役でも。それなのにオーディションは、セクシーなラテン人だったり、滑稽な移民だったり、訛りのあるウェイトレスだったり。ただの女性…アメリカ人女性だったことはない。女性。アメリカ人。それだけなのに。ジェーンは真っ白なテレビを見つめる。番組のスターである自分を想像しようとしたが、できない。電話が鳴る。エージェント。オーディション。舞台の大役で給料もいい。一瞬、ほんの一瞬だけ、彼女は億に一になった気分になる。

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ジェーンの携帯が鳴る。彼女は歩道で立ち尽くす。これが最後なのに、電話に出たいのか出たくないのかわからない。もう落選はできない。この役だけは。この役はとても重要なのだ。ジェーンは携帯を耳に当てる。電話に出る聞き覚えのある声がする。エージェントだ。彼はジェーンにオーディションでどれだけ受けが良かったか伝える。どれだけ皆がジェーンを素晴らしいと思ったか。彼は他のことを話し始める。ジェーンは「でも」を待つ…お馴染みのあれ…どんなにたくさんの賞賛も、たった一つの言葉で全部破壊される…でも…それは来ない。

ジェーンは細々とした連絡を聞き、礼儀正しい落選の知らせを待つ。けれどもかわりに聞こえたのは…受かったよ…ジェーンは自分の耳が信じられなかった…役に受かったよ…ジェーンは独り言を呟く。受かった。信じられなくて顔が麻痺していく。ジェーンは叫ぶ。通りがかりの人がこちらを向く。ごめんなさいね。

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ドゥエインはカフェでジェーンのリハーサルの手伝いをする。休憩に入ると、ドゥエインはジェーンに、ヘボライターは今中国の物語を手がけていて、彼の最新の中国嫌悪を正当化させるために、中国人ライターを必死に探していると伝える。ジェーンは笑う。金はあるヘボ。そうやってひどい映画が作られる。ジェーンはドゥエインに、舞台はうまくいっていると言う。訛る必要はない。ミニスカートを履いたり、馬鹿馬鹿しい固定概念を増長する必要はない。昔やらされていた愚かな行為を、今はする必要がない。本物の仕事。意味のある仕事。家族にも伝えられる。彼女は幸運を願いながらテーブルをコンコンと叩く。ドゥエインは笑って、その儀式は効果があるのかい?と聞く。ジェーンは肩をすくめる。ドゥエインはジェーンの成功が嬉しいと言って、雑誌からの切り抜きをジェーンにわたす。「クイック・トーク」の公開オーディション。ドゥエインはジェーンを推しておいたと言う。ジェーンなら完璧な司会ができるだろうと。ジェーンはドゥエインに感謝するが、今は舞台に全力を注いでいる。残念だ。君は僕が知っている中で一番リアルな人間だ。ショーに必要なのはそれなんだ。リアルであること。

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こけら落とし前の最終リハーサルで、滑り込みの台本変更にも関わらず、ジェーンは役を演じきった。ジェーンはアドレナリンと、今までに経験したことのないような大きな流れを感じる。最後の台詞を言い終えると、監督は拍手をする。そしてジェーンに近づく。驚いたと。印象的だったと。感動したと。でも…ジェーンの役はアクセントがあったほうがいいと思うと。何?その要求はジェーンを傷つけた。粉々にした。どうして?理解できない。ウケ狙いだよ。そっちの方が面白いだろ、と。この役にアクセントはいらない。この役はアクセントなしで十分だ。でもコミックリリーフになる。コミックリリーフ?それがこの監督にとっての彼女の価値。プロデューサーたちにとって。この業界ににとって。コミックリリーフ。ジェーンは監督を見つめる。監督が笑い出すのを待つ。監督が冗談だと言うのを待つ。決して言われない謝罪を待つ。ジェーンはため息をつき、先祖の力が血管を巡るのを感じる。裏切ることを許さない力。ジェーンは監督に向かって首を振る。バカなコメディアンでも探して。ジェーンは舞台から怒って降りる。己の道を辿る者は、可能性が億に一だとしても成功するだって?そんなの嘘だ。